ヒロホの自由ブログ

一日一日を大切に、ブログもゆっくり書いていきます。

お墓はつくりません

こんにちは、hirohoです。

 

私が死んだら、お墓はつくらず合祀という形で供養してもらいたいと考えています。でも、どうやって、どこに、どんなふうに頼めばよいのかわかりません。そこで、自分の希望を細かく分析して、具体的な方法を記していこう、と思ってスタートしたのがこのブログです。子どもに「ママの遺骨の納め方はブログを見てね。」と言い残せるように。

f:id:yh3gatari:20181120082101j:plain

墓地や納骨堂はいらない

ネットで調べてみると「永代供養」をうたっているお寺がたくさんあります。近年特に増えている感じです。それは需要があるから。私と同じように、子孫に金銭的・時間的な負担をかけたくないと考える人が増えているからでしょう。

 

先祖代々のお墓があっても、遠い田舎ではお参りに行くだけで大きな負担です。ご先祖様のことは大事だけど、もっと身近で供養できないかしら、と考える人たちが、田舎のお墓を片付けて、今住んでいるところの近くに遺骨を移動するとか、そういうことすらしないで、家に写真を飾って命日にロウソクと線香とお供え物をして手を合わせるだけでも立派な供養のはずです。

 

実際、私の両親の遺骨はお寺の合祀墓に納骨し、命日にお参りにいけるときは行き、無理な時は、家の戸棚に写真を飾って線香をたてる容器を置いて、「いつも見守ってくれてありがとう。」と手を合わせています。写真は、お葬式に使ったものではなく、両親がもっと若かったころのを飾っています。

 

仏壇を置く部屋がないですし、もし置くとすると、さらに周囲を飾る額や掛け軸が欲しくなるし、お坊さんに来てもらうことになればお布施も痛い出費です。親の写真だけだとご先祖様の供養にならないかもしれませんが、会ったことのない先祖には、両親への供養を通して納得してもらうしかありません。

f:id:yh3gatari:20181125165608j:plain

昔ながらの仏壇のある部屋

3世代くらいが同居して、先祖の法事が代々受け継がれている家庭に育った人には違和感があるでしょうが、私は核家族でしか育ってこなかったので、いわゆる伝統的な日本の先祖供養の方法を知らないのです。

 

だから自分が自分の親を供養した方法を子どもに伝えようと思います。

 

子どもに負担をかけない方法で

「永代供養」と言っても、どうも「永久」という意味ではないようです。チラシなどをよくよく見ると、50年とか60年経ったら「合祀墓に移します」というのがあります。最近は永久に合祀しません、というのも見かけるようになりました。

 

私の考えでは、例えば自分が80歳で死んだとして、それから50年経ったら自分のことを知る人(主に子ども)も年を取って、親の墓守りより自身の終活を考えるようになるから、合祀してもらって構わないです。きちんと供養されていることに変わりはありませんから。

 

「宗教・宗派は関係ありません」というのや、「伝統的な仏教であること、ただし宗派は問いません」というのもあります。

 

どこのお寺の檀家でもなく、特にこれといった宗教・宗派を信仰していない場合にはこういった自由な供養先が検討対象になります。無宗教というのとはちょっと違って、基本は仏教だけど熱心な信者ではないのでこういう形が、収まりが良い気がします。個別宗教のしきたりなどを知らない人でも、気軽にお参りできますね。

 

すでに両親がいない私にとって、お参りに行くところがどこにもないというのは、自分の拠り所がない気がして嫌でした。でも、合祀とはいえ、ちゃんとお寺が管理してくれている場所に遺骨が眠っているということは、大きな安心になり、いつでも行けるから「自分は親をちゃんと供養しているのか」という自己嫌悪とも無縁です。

 

我が子にも親亡き後の心の拠り所、安心感を与えてあげたいです。

 

でもしばらくは

 

最初にも書きましたが、このブログを始めた理由は「終活」です。でも、今は投稿数を増やすために、そして読者がついてくれることを願って、いろんなことについて書いています。しばらくはお墓のことは後回しかな。まだ当分元気だし。