ヒロホの自由ブログ

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1月17日:24年前の今日、私は何をしていたか。


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こんにちは、ヒロホです。

24年前の今日、阪神大震災が起きました。

みなさんはあの時、何をしていましたか?

今日、思うこと

あれから、たくさんの自然災害が日本各地で起きたので、阪神大震災は遠い昔のことのような気がします。実際、24年も経ってしまったのですね。

 

阪神大震災が起きた当時はまだ独身で、父親と二人暮らしでした。だから、余震が怖くて数日間、家にこもっていても問題ありませんでした。

 

3日間無断欠勤してしまいましたが、会社に行くと誰にもとがめられず、そもそもあまり人が出勤しておらず、誰それの家が全壊したとか、交通機関が動いてなくて来れないとか、異常な雰囲気でした。さらに数日すると、ちらほら被災地に住む人たちも出てこれるようになりました。骨折してギブスをしている管理職もいました。

 

この当時は、仕事がやはり最優先事項だったんだと思います。阪急がだめならJRで、電車がだめならバスやタクシー、自家用車で、それもだめなら歩いてでも来い、という感じでした。

 

それがここ数年の極端にひどい自然災害の連続で、やっと「人命第一」が言われるようになりました。

 

当たり前といえば当たり前なのですが、以前は誰もそんなことを考えなかったのも事実。いえ、考えていた人はいたと思いますが、口に出しても耳を貸す人は少なかったのです。私もまったく考えていなかったですから。

 

しかし、今は違います。

 

結婚して子どもができてからは特に、家族をなんとしても守らなければという思いが強くなりました。

 

だから、家族を奪われた人たちの悲しみを想像すると胸が苦しくなります。 

 

1995年1月17日

 

当時、私は大阪府北部に住んでいました。(2018年の大阪北部地震でけっこう被害の出た地域です)

 

午前5時46分、マンション5階の自室ベッドで安眠をむさぼっていたとき、ズシン!グラグラグラッと揺れ始め、横揺れが20秒くらい続きました。

 

ズシンで目が覚め、グラグラで「地震か」と認識、グラグラがグラグラグラグラグラグラと長くて飛び起きた、という感じです。

 

ベッドの足元にあった本棚から本がバラバラと落ちました。

 

幸い怪我はありませんでしたが、リビングに行くと細長の飾り棚が倒れて、引き戸のガラスが割れていました。

 

台所の食器棚は引き戸がどれも同じ側に空いており、また、朝炊き上がったばかりのご飯が炊飯器から飛び出し、炊き上がった形のまま床に落ちていたのは、こんな状況にもかかわらず笑いが込み上げるほどの傑作でした。

 

別室で寝ていた父も起きていました。揺れ始めた瞬間に寝床から飛び出したそうです。寝床を見ると、すぐ横の押し入れの中に入れてあったものや箪笥の上にあったものが散乱していました。

 

寝たままだったら大ケガをしていたでしょう。

 

しばらくして、マンションの管理人さんと自治会役員の人が様子を見に来てくれました。みんなの無事を確認して回っているとのことでした。

 

こういう非常時に声を掛け合うという人間関係ができているところに住んでいて良かったと思いました。

 

これからの災害対策

地震はいつ起こるかわかりません。台風は、進路は分かってもどれだけ被害が大きくなるかは通過してみないとわかりません。

 

自然災害が多い日本に暮らしていることを自覚して、備えるしかありません。

いつまでも想定外を言い訳にしていては、犠牲になった多くの人たちに申し訳ないと思うのです。