ヒロホの自由ブログ

一日一日を大切に、ブログもゆっくり書いていきます。

私の親業のはじまりと終わり

こんにちは、ヒロホです。先日、娘の思春期について書きながら、私の親業はいつからだっけ、と思って人生を振り返ってみました。

  

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振り返ってみた結果を先に言いますと、

 

子どもを産む前の

「自分中心の生活」

が、

「家族優先の生活」

に変わり、

 

家族、家庭のことを頑張ってこなし、

やっと慣れてきたころに、

子どもたちが母親の干渉を嫌がり始めて、

 

それならば、再び

「自分中心の生活」

に戻った方がうまく行くだろう、

 

という結論にたどり着きました

┐('~`;)┌

 

〈目次〉

 


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遅い結婚と出産

二人の娘を出産したのが30代半ば。結婚が30歳を過ぎてからなので、母親になるのが遅いことは覚悟していました。

 

妊娠初期に仕事を続けていた同い年の友人が「切迫流産の危険」で入院した、という話を聞いていたこともあり、妊娠する前に仕事をやめていました。

 

自分には「つわりに耐えながら出勤するのは無理」と判断したのです。

 

いわゆる高齢出産だったので体力的な心配が大きかったです。でも無事クリアしたので、二人目を産み終わったときに「出産はこれで終了」と決めました(^_^)v

 


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育児と介護の同時進行

下の子が幼稚園に入った頃から、実家で独居の父の世話が必要になり、週に2日通うようになりました。

 

「晩婚=育児と介護の同時進行」です。

 

下の子が小学校 4年生になるまで続いた父の世話は、途中で実家から老人ホームへと場所が変わりました。

 

娘たちが幼稚園や小学校低学年の間は、一緒に連れて行けば、父=おじいちゃんが喜ぶので親孝行にもなりましたが、学年が上がるにつれて、子どもたちの世話は主人に任せて私一人で行くようになりました。

 


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パパと娘たちは仲よし

主人が子どもの面倒をよく見てくれる人だったので助かりました(^-^)/

 

娘たちもパパが大好きなので、3人で出かけて楽しかった思い出を、夕食のときなどに今でもよく話しています。

 

それを聞いていると、私は複雑な心境になります。なぜなら、彼女らの楽しい思い出に私は含まれていないからです。

 

子どもらからすると、「パパは頼めば何でも買ったり連れていったりしてくれるけど、ママはすぐダメと言う」ので、ママがいない方が楽しかったのかもしれません。

 

当時は、父の世話や「私なりの」育児や家事で目まぐるしい毎日だったうえ、経済的な必要からパート仕事も始めたので、忙し過ぎて子どもの気持ちを理解する余裕がありませんでした。

 

でも今思えば、私ももっと娘たちと一緒に出かけたり、楽しい時間を過ごす努力をすべきだったと後悔しています(TT)


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悔いの残らない世話ができた

当時の娘たちの日記(夏休みの宿題でした)に、どれもこれも「パパと○○ちゃん(娘の名前)の三人で出かけた。」と書いてあるのを見たとき、胸が締め付けられるような寂しさを感じました。

 

私の自業自得ですが、ママが一緒じゃなくて寂しいと思ってるのではないかと密かに期待していたので、ショックでした(T_T)。

 

でも見方を変えると、娘たちがパパと楽しく過ごしてくれたおかげで、私も集中して父の世話ができたのですから、ありがたいことです。

 

主人に対しても、休みの日に子どもたちを連れ出してくれたおかげで、実家に行かないときは体を休めることができたので、とても感謝しています。


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保護者の役目が母親意識を高めた

子どもらが幼稚園、小学校、中学校と進む間、学級委員や PTA本部役員などをひととおり体験しました。

 

単なる立ち話の間柄ではなく、行事の準備から実行までを何度も集まって話し合い、まるでサークル活動のように濃い時間を過ごす仲間ができたのは嬉しいことでした。

 

もっともお付き合いは、役目が終わったら半年も経たないうちになくなりましたが(*_*)

 

他のお母さんたちとお喋りすると、いろんな母親像がわかるので、良いところは参考にしていました。

 

我が子の友だちの名前をフルネームで覚えていたり、よその子どもと普通に会話していたりするのを見て「すごいなあ」と。

 

私も、学校行事の手伝いや子ども会活動で子どもたちと話す機会があり、少しは慣れましたが、基本的にはそういうのは苦手でした(-_-;)


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子どもの親離れに追いつけず

上の子は早くも小学校高学年くらいから、下の子は中学校3年生あたりから、親に対する反抗的態度が目立つようになりました。

 

「反抗期かあ、親としてはどうしたらいいんだろう?」と途方にくれました。夫は何を言われてもへこたれず、グイグイ子どもに寄っていきましたが、私は黙りこんでしまうため、子どもとの間に壁ができた気がします。

 

現在、娘たちは父親と楽しく会話しますが、私とは距離を置いている感じ。だから、三人の会話に加わるのは気を使います。

 

なんでこうなっちゃうのかなあ、と悲しくなり、次第に「自分自身を母親の役割から解放してあげたい」と思うようになりました。

 

娘たちにすると、私は「母親」でしかないけれど、私はもっと自由に自分の意見を言ったり、外で時間を気にせずおしゃべりしたり、映画や舞台を見に行ったりしたいと思っている一人の女性なのです。

 

そういうことを我慢してきたのは私の勝手ですが、もうやめていいよね、と思い始めました。

 

私が自分中心に生き始めたら娘たちはなんと言うでしょうね。肯定的に受け止めてくれたらいいですけど。


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結論

 

下の娘は高校生で、私の母親としての役割がまだ必要です。私も急には変われません。これから時間をかけて、変わっていこうと思います。

 

追記

 

ここまでお読みくださった方は、私を家族の中で孤立した気の毒な母親と思うかもしれません。実際、私は孤立感に苦しんでいます。でも、原因の大部分は私の性格や物の考え方にあることも知っています。

 

娘たちと夫は、私を真面目で無口な人だと考えているでしょう。

 

結局、私が幸せを感じるためには、私自身が変わらなければいけないのです。わかっているけど実行するのは難しい\(>_<)/

 

グダグダ書いてしまいました。

 

最後までお読みくださり、ありがとうございましたm(__)m