ヒロホの自由ブログ

一日一日を大切に、ブログもゆっくり書いていきます。

嵐山〜化野念仏寺

こんにちは、ヒロホです。◕‿◕。

まずは、あけましておめでとうございます。

令和2年 (写真モデル ハム子)
f:id:yh3gatari:20200102123750j:image

本年も、ゆっくりブログを書いていこうと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。

 

さて、昨年の話の続きになりますが、前回のブログで紹介したパークアンドライドを利用して、秋の京都嵐山へ行きました。

 

阪急「嵐山駅」に到着。

f:id:yh3gatari:20200102124222j:image

駅前は観光客がたくさん!

ここから、まずは渡月橋に向かいます。

 

人の流れにまかせて進んでいくと橋が見えてきました。

f:id:yh3gatari:20200102124358j:image

 

桂川は静かに流れています。

f:id:yh3gatari:20200102124306j:image

 

橋を渡って嵯峨に向かいます。

 

ちなみに橋を渡った川沿いのとてもにぎやかなあたりは、地名としては「嵯峨」になります。「嵐山」は阪急嵐山駅がある側。桂川のこっちとあっちで地名が変わるんですね。

 

一般に「嵐山観光に行く」と言うと、渡月橋周辺の観光客向けのお店が立ち並んだあたりを全部「嵐山」と思ってしまいますが、「あっち(京福電鉄嵐山駅がある側)は『嵯峨』なのだ」と嵐山在住の知り合いに言われました。

 

そして、目的地の化野念仏寺がある奥嵯峨を目指してトコトコ歩き始めました。

 

京福電鉄嵐電)嵐山駅を過ぎ、オルゴール博物館を通り過ぎ、


f:id:yh3gatari:20200102125106j:image

線路を渡ってさらに進み常寂光寺へ。

常寂光寺 JOJAKKO-JI

拝観料500円をケチって中には入らず、次の二尊院も同じ理由で門の外から拝みましたw

小倉山 二尊院|トップページ

 

「博物館さがの人形の家」は、中に入ろうかなぁ、と迷いましたが

f:id:yh3gatari:20200102125207j:image

館内概要 | 博物館さがの人形の家

入館料800円に断念して外から眺めるだけに。

 

そこから少し行くと左右に道が分かれており、

ちょっと寄り道をして、化野念仏寺方向とは反対に進み、

あの瀬戸内寂聴さんの曼荼羅山寂庵の前まで行ってみました。

f:id:yh3gatari:20200102125252j:image

とてものどかで広々とした空地が広がる中の一角に集まる住宅地の中にありました。

 

その日は法話会があるらしく、中から笑い声などが聞こえてきて、寂庵入口を撮影するカメラマンがいました。

 

私は、写真で見たことのある寂庵の門を実際に見てみたかっただけなので、

 

近くまで行って見られたことに満足して、次へ移動しました。

 

周辺には茅葺き屋根の売り家があり、
f:id:yh3gatari:20200102125340j:image

風情のある小径を散策。

f:id:yh3gatari:20200102125530j:image

 

 

いよいよ化野念仏寺方面へ。所在地の鳥居本に至る町並みは、1979年に国の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されており、化野念仏寺を境にして

  • 「瓦屋根の町家風民家」が並ぶ「下地区」
  • 「茅葺きの農家」が多い「上地区」

に分かれています。

 

下の写真は「下地区」の建物。
f:id:yh3gatari:20200102125835j:image

これは、化野念仏寺に上がる階段。
f:id:yh3gatari:20200102131217j:image

あいにく「上地区」の建物は写真に撮ってなくて…。

化野念仏寺の石段を登らずいったん通り過ぎ、「上地区」にある茅葺き屋根の「鮎の宿つたや」で抹茶と桜餅のセットをいただきました。


f:id:yh3gatari:20200102133049j:image

鮎の宿つたやについてはこちら→

http://ayunoyado-tsutaya.com

 

ここからさらに先に進むと、愛宕念仏寺や清滝トンネルに行けますが、さんざん歩いてきた身にはちょっと距離が大きいので、一番の目的地である化野念仏寺の方に戻りました。

 

石段を上がって敷地内に入ると、最初は普通の墓地という感じでした。

 

奥に進むと、写真でよく見た無縁仏を供養する石群が目に入りました。

「西院の河原」と呼ばれる場所です。
f:id:yh3gatari:20200102133708j:image

想像していたより狭い区画にたくさんの石が並んでいました。

 

遠目には、ひしめき合っているようでしたが、区画内に入って近くで見ると、整然と並んでおり、一つ一つの石は苔むしていました。

 

並べられてからの歳月を感じさせます。

 

説明が後になりましたが、この化野(あだしの)は平安時代より京都の三大風葬地の一つでした。

残りの二つは、

  • 東山の鳥部野
  • 船岡山北西一帯の蓮台野(紫野)

です。

 

平安時代の京都では、人が死ぬと洛外へ運び、野ざらしにする風葬(遺体を埋葬せずに風にさらし風化を待つ)を行っていたとのこと。

 

しかし、真言宗の開祖・空海が都を訪れた際に、化野で野ざらしにされた無数の遺体を哀れに思い、また疫病の発生を抑えるために、遺体や遺骨を埋葬し、その上に1000体の石仏と堂を建て、「五智如来寺」と称したのが始まりだそうです。

 

その後、浄土宗の開祖・法然上人が念仏道場にして、念仏寺と呼ばれようになり、現在の本堂は1711年に寂道上人が再建したもの。

 

年月がたつにつれて無縁仏が多くなり、石仏・石塔の多くが荒れ果てたまま山野に転がっていたのを、明治中期頃に寺と地元の人々が協力して、現在の形に整えていったとのことです。

 

「あだしの」の「あだし」とは、「虚しい・はかない」という意味の古語で、それ故か私は「無縁仏」が集められた場所→「悲しい・侘しい」所というイメージを持っていたのですが、全然そんなことはありませんでした。

 

石は石。観光地にもなっているので、当然のことですが、もはや風葬地の風情はありません。

 

やはり、百聞は一見にしかず、ですね。

 

しかし、そこはかつてたくさんの屍があった場所ですから、静かな弔いの心で訪れるべきと思います。

 

本堂の脇に竹林の小径があり、f:id:yh3gatari:20200102160700j:image

登っていくと化野念仏寺霊園があります。

 

ここに六面体地蔵というものがあり、f:id:yh3gatari:20200102160604j:image

水をかけたり念仏を唱えながら地蔵の周囲を歩くとご利益が、みたいなことが書かれています。

 

化野念仏寺についてはこちらをどうぞ↓↓↓

華西山東漸院念仏寺|あだしの念仏寺

 

 

私のブログは、あまりこと細かく道順や説明を書きませんので、観光ガイドには使えないと思います。

 

「こんなところもあるんだなあ」くらいに読んでいただけるとありがたいです。

 

化野念仏寺から南へ下り、嵐山・嵯峨野の超有名観光スポット「竹林の小径」に向かいました。それについては、次回のブログで。

 

最後までお読み下さりありがとうございました\(^o^)/